それ、自己満足じゃないのか?
ひたすら自問自答する俺。。
さて、今回のキーワードは、
「努力」
「比較」
「劣等感」
このあたりに触れながら書いていこうかな。
この記事が自分自身を振り返る良いきっかけに。
そうなってくれることを願っています。
※今回は、「📎音楽から応用させる勉強の成績向上法。他人と自分、比較の使い分け」の続編です。
*努力の的を定める
努力には、以下の2つしかありません。
(1)効率的な努力。
(2)非効率な努力。
2を実行し続けている限り、永遠に成果は上がらない。
もしくは、成果が出たとしても遅い。
このような結果を招いてしまいます。
一番成果が出やすいのは、「努力のピント」が合っている×圧倒的な作業量。
この方程式が成り立つ時のみです。
*繰り返し自問自答し続ける
優秀な人ほど、「反省→改善」
このサイクルが多く回っています。
そんなのできてる。
そう思ったあなた。
意識的なのか?無意識的なのか?
ここも重要な判断基準です。
もし、意識的に回しているようであれば、まだまだレベルが低い証拠。
(人から言われて反省するとかね。)
逆に無意識、自然に実行できているなら優秀。
そういう人間は、指導者なしでも勝手に成果を上げていく。
というか、そもそもこの記事なんて読んでいないはず。
だから、あなたは間違いなく凡人。
ちなみに、俺。超絶凡人。
よって、優秀な指導者がいつも必要なタイプ。
だから、常に優秀な人と出逢う努力もしたし、
出会い以降もずっとそういう大人についていった。
*最初なんかどうでもいい
初速。
正直、こんなのどうでもいい。
それは、俺自身が身をもって味わってきていることだから確信します。
ウサギとカメなら、俺はカメ。
本当は、走力(才能)あるカメが一番いいんだけどね。
ここだけの話、俺は不器用。よく器用って言われるけど、ひたすら不器用。
何をやっても、習い始めは下位層。本当にひどい。下手すぎる。
こんな感じなのは、誰よりも自分が一番よくわかっています。
だから、多分人一倍悔しさや自分への苛立ち。
そういう思いを味わってきているはずです。
例えば、幼稚園時代(国際高校付属幼稚園)
・ご飯を食べるの遅いときは、4時間以上かかっていた(家で)
・書いた文字が汚すぎて読めない。
・病弱過ぎて死にかけた。
例えば、小学時代(熊野小学校)
・1年の時、本気で走った校内マラソン大会の結果。55位。(後ろから数えたほうが早い)
・子供会のソフトボールチームでは、いつも2軍生活。
例えば、中学時代(川中中学校)
・入学当初、陸上部の長距離練習で先輩たちについていけず、いつも最後尾。
・1年時のテスト成績もトップには程遠い。
・・・・・
以降、高校、大学、社会人と、そのスタンスはいつも変わらない。
何をやっても、はじめはダメダメ。
「すべての始まりは挫折から」
これが俺のスタンス。
ただ、転んだら転んだ分以上に這い上がる気持ち。そして、正しい努力の継続。
当たり前だけど、この2つだけは大切にしてる。
その結果として、、
例えば、
・あんなにおそ食いだったのに、
今の食事時間。最短5分(逆に速すぎてダメか笑)
・あんなに鈍足だったのに、
9年後には県大会の選手に選抜されたり、
・あんなに病弱だったのに、
その分だけ生きてることに感謝できるようになったり、視点が広がったり、
・あんなに子供会の2軍が似合ってたのに、
3年後には、硬式野球チームでレギュラーを勝ち取れたり、
・あんなに解読不明な文字しか書けなかったのに、
6年後には全国展で何度も入賞するようになったり、
・あんなに勉強嫌いだったのに、
数年後にはテストで校内トップになれたり、大学でも上位になれたり、
・・・・
こんなエピソード、挙げるとキリがない。
大した成果じゃないかもしれないけど、
ある程度振れ幅を伴った経験を結構してきている。
思うようにいかない経験の数の多さには自信ある。
一方で、それなりの成功体験もある。
だからこそ、両者の気持ちもわかりやすいし、
客観視してみても、その視野は広い方だと思います。
*大事なのは出口
話を戻そう。
大事なのは、スタート段階じゃない。
大抵の人は、できない自分に苛立ったり、周りと比較して落ち込んだりする。
けど、はっきり言う。それは間違ったやり方。
ダメだ自分。なんて思う必要ない。
できなくて当たり前。
最終的に上にいく。
この気持ちで淡々と。そして、ただ努力するのではなく、頭を使った上で努力していく。
そうすれば、必ず、必ず、必ずできないことができるようになっていく。腐ったら負け。
30手前の小僧がいっちょ前に言うけど、人生ってそういうふうになってんのかなって思うよ。
あと、劣等感が強い時期に他者との「比較」は避けた方がいい。
詳しくは、次の項目で書いていく。
*自分の基準なんかどうでもいい?
さて、ようやく最終章。
ここからが最も伝えたいことです。
「比較」
人間は比較する生き物です。
兄弟がいる人とかは、特に痛感するかもね。比較の辛さ?
結論からいうと、「比較」は決して悪いことではない。
使い方、捉え方次第なんだよね、これも結局。
比較によって生まれた劣等感。
比較によって生まれた優越感・・。
そこには、色々な感情あると思うけど、
そのすべては、本人の心のフィルター次第かなって思います。
・劣等感をパワーに変えられる人は、劣等感=エネルギー。
・劣等感でガタ落ちする人は、劣等感=不快なもの。
それぞれ、その変換が変わってくる。
これが劣等感のポイントだと思います。
あと、比較。これについて大事なことを書いておこう。
(1)比較の差が大きい時、人のモチベーションは大きく下がる。
(2)比較の差が小さい時、もしくは拮抗している時、人のモチベーションは大きく上がる。
こんな話。
まず1について。
例えば、今あなたの全国模試の偏差値が30だとする。
「あと3ヶ月で東大に合格するぞーー!!えいえいえおーー!!」
こうなりますか?
なりません。普通の人ならなりません。
その理由は、現状と理想のギャップが激しすぎるから。
だから、モチベーションは大きく下がる。
そして2。
これについては、ライバル。
これが最も例えやすい話かな。
例えば俺がやってた陸上で話をすると、マラソンの時。
自分1人で走る独走よりも、誰かにぴったりついて走る追走もしくは並走。
後者の方がタイムが上がりやすい。
この理由は、的が近いから。これによる。
受験でいうなら、今あなたの偏差値60。
この時、「あと1年で東大に受かる」なら、
1よりもモチベーションは上がりやすい。
なぜなら、現状と理想のギャップが小さいから。
以上を踏まえた上で、「比較」に話を戻すと、こんなことが言える。
3、「周りとのギャップが激しい時は、周りと比較するのはNG」
→他人よりも、自分自身と比較しよう。(今日の自分より明日の自分)
4、「周りとのギャップが小さい時は、周りとの比較をしまくろう」
→自分自身との比較<周りとの比較。両方行う。(自分の基準より周りの基準)
あ、そうそう。
ずっと前、西武ライオンズの森選手がこんなこと言ってた。
Array西武ライオンズの森選手も、前つぶやいたことと同じこと言ってた
— 下関市の個人学習塾TMD (@001_coach) 2015年12月22日
「自分の中では日々成長できているが、上の人達と比べるとまだ下の方」
相対評価>絶対評価。
資本主義国家にいる以上、競争は免れない。
その最上級がプロスポーツの世界だと思うけど、
ここの選手が言ってるから間違いない
プロ野球っていう厳しい世界なら、当然のように4の思考だけ。
こんな人たちしかいない。
よく「周りと比較するのはやめよう」とか綺麗ごと言ってる人いるけど、日本が資本主義の時点で比較社会だから。
つまり、競争や勝負の世界では、比較は行われて当然なわけ。
だから、日本にいる以上、比較は避けられない。
けど、はじめから比較に入るとモチベ低下する。それを防ぐために、初期段階においては、あえて比較対象を自分自身に設定する。
そのうち、成長速度が上がってポツポツ成果が出てきたら、今度はどんどん周りの基準と比較していく。
このステップを踏むことによって、さらに成長スピードが加速していきやすくなる。
これが個人的には、黄金パターンかなって思います。
以下の記事でも書いてるけど、何かの分野において成果を上げたい。
勝負に勝ちたい。
そう思うなら、「ライバル分析」は必須です。
【関連記事】
📎学力向上に効果的!東大生を御手本にモデリングした結果
俺の場合、陸上でも野球でも書道でも、なんでも、
ライバル=自分をさらに高めてくれる存在。
だから、自己成長を加速させるためには、極めて重要な要因になります。
【関連記事】
📎ライバルの失敗ではなく、成功を願うべき理由(蹴落とすのではなく応援する意味)
*9割の悩みは他人との比較から生まれる
とはいっても、、
どんなことに対しても比較ばっかりしていると、精神的に疲れちゃうし、人生楽しくなくなっちゃう可能性もある。
人生は楽しんでナンボだから。
だから、比較を使う時は、あくまでも成果を出したい分野。
これ以外ではやめる。
俺はどちらかと言うと、
「周りと比較せず自分だけの価値を見出していく生き方」
をしたいタイプだしね。
ただ、勝負の世界に一歩足を踏み込む時はマジで鬼になる。
何事も使いわけ次第。
「自分を徹底的に追い込む」
「生きてるだけでまるもうけ」
この相反する思考を俺は場面によって変化させています。
常に臨機応変に対応し、心に柔軟性を持たせる。
そうすると、視野も広がりやすくなるし、人生も色んな意味で豊かになっていきます。
では、今回はここまで。長いけど、最後まで読んでくれてありがとうございます。
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